戦時中の広島・呉が舞台で2016年に公開され、国内外で多くの映画賞を受賞するなど稀代の名作となった映画「この世界の片隅に」が戦後80年及び主人公である「すずさん」の誕生100年を機会としてこの度、全国各地の映画館でリバイバル上映される事となりました。
公開の1年前の2015年に全くの微力ながらクラウドファンディングに参加させて頂いた事や、祖母が主人公と同世代なうえに劇中に登場する広工廠への空襲や、広島への原爆投下を体験していた事もあり、私にとって人生で最も忘れられない映画です。
その内容の魅力については今更私如き一般人が論評するまでもありませんが…既にソフト化もネットでの配信もされている中にあって、映画館で改めて公開するという事には大きな意義が感じられます。
というのも、この作品は監督である片渕須直監督が自ら考証を重ねた音の迫力も大きな魅力の一つだからです。
アメリカ軍が投下する焼夷弾の落下音に機銃掃射の音、日本軍の高射砲の音や地上に降り注ぐその断片の音はいずれも凄まじい迫力で戦争の恐怖を残酷な描写無しでも観る私たちに直接的に訴えかけてきます。
そして、その音の凄まじさを体験できるのは映画館の音響設備が一番でしょう。

そういう訳で、公開して何度目かの鑑賞及び完全版である「この世界のいくつもの片隅に」の鑑賞をした事もある渋谷のユーロスペースへ。
入り組んだ地形と雑然とした地域にあって、独特の雰囲気が漂う映画館です。

この映画は、複数の映画館に自宅、親せき宅、果ては上野の国立博物館の庭と様々な場所で既に何度も何度も見ている訳ですが…やはり見終わった後は涙が溢れてしまいますね。
戦争という極限の世界に生きる苦しさと時に訪れる小さな幸せ、そしてそれを簡単に突き崩す圧倒的な暴力と恐怖に人の強さと優しさ。
様々な要素が絡み合って画一的な解釈がかえって難しい作品でもあるのですが、私はコトリンゴさんの曲もあって映画最後に感じられる優しい雰囲気が好きですし、そこにホロリと来てしまいます。

上映後には片渕須直監督自らが登壇されてトークショーとサイン会が行われました。
実際に監督本人を目にするのは、公開前のクラウドファンディング関連のイベント以来。
あれから9年近くたって今や日本でも著名なアニメーション監督の一人となった訳ですが、失礼を承知で書きますとあまりお変わりになった感じはせず、何となくホッとする思いでした。
まあ、それ以上に風貌が変わってなかったのはやはり9年前にも監督の隣でイベントの司会をされていた広報の方なのですけれども…。
トークショーの中で印象に残ったのはこの作品の中に込められた「戦時生活の中での加害性」という内容の話でした。
主人公である「すずさん」は晩婚化が進んで久しい現在では珍しくなった10代で嫁入りした人物。
言うなればまだ世間の事もほとんど知らず、ましてや女性の参政権もなかった時代ですから政治の事や戦争の事など知らないままで戦時の家庭を切り盛りする事となっただけあって、その言動も「戦時」というものが感じにくいものが物語当初ではありました。
しかし、その後の立て続けの空襲や義理の姪である晴美の死に自身の右腕の喪失に実家がある広島への原爆投下などで「戦い」や「敵」という直接的なものではないものの自身の認識できる範囲での闘争心や敵愾心を感じるセリフが増えていきます。
それらの微妙な変化を加える事で国民国家の一員として戦争という極限状態を受け入れた、もしくは受け入れざるを得なかった庶民の「加害性」が表現されているという訳です。
もっともここでいう「加害性」と言っても「侵略戦争の協力者としてこれからも永遠にアジアの国々にお詫びし続けましょう」とか、「あの戦争はアジア開放の為の正義の戦争だったのだから加害性などない」とかそういう類の話ではありません。
むしろ、ここで言いたいのは9年前より遥かに戦争を身近に感じられるようになった現代において、戦争という国家がその暴力装置を発動させる事態になった以上は、それを支持する、支持しないに関わらずその暴力に形はどうあれ加担する事になってしまうという普遍的かつ重たい現実があるという事です。
それを踏まえれば公開直後に論争にもなった玉音放送を聞いた後の「すずさん」が言うセリフがやや直接的な内容だった原作と異なる事にも合点がいきましたし、また改めてそこに込められた意味にハッとさせられました。
とまあ、トークショーの内容を特にメモを取っていた訳でもなく、聞き違いや誤認の可能性がある中で私の独自解釈を書き連ねてしまいましたが…。
それにしても、何度も鑑賞したうえで公開して9年経るにも関わらずこういう個人的にも新しい発見がある訳ですから相変わらず懐の深い作品だと改めて感じる次第です。
そして、もう一つ今回の発見ですが、今回のリバイバル上映に訪れたのは私や私以上のこの作品の「常連さん」だけでなく、全くの初見である若い方もおられた事です。
「すずさん」が劇中で言う「靴下3足が1000円でも買えなくなった」うえに、世界中で紛争が絶えずこの国自体も公開当時に比して遥かに難しい状況となりつつある昨今ですが、これから10年20年と言わず50年でも100年でもこの作品がその時代に生きる若い方たちに鑑賞され、多くの示唆を与え続ける事を祈らずにはいられません。
最後になりましたが、サイン会で監督にお話にする機会があった際に上記の広工廠で勤労奉仕していた祖母について、3年前に亡くなったがこの作品を見せる事が出来た事や、私の家族の歴史でもある故郷の歴史を描いてくれた事への感謝をようやく直接伝える事が出来たのは大きな喜びでした。
そして、私はこれからもこの作品を生涯に渡って応援し、愛し続けたいと思います。
