本日、行われた理事会にてセ・リーグが2027年シーズンからの指名打者制導入を正式決し、大変な衝撃と悲しみに打ちひしがれています。
これまでメジャーリーグで取り入れられた仕組みを猿真似する事だけで人気を保てると信じている連中には辟易していましたが、遂に一線を越えられたという気持ちです。
私はいわゆる「日本の野球」は「アメリカのベースボール」とは異なる競技であると共に前者の方が遥かに知的で優れた競技であると信じて来ました。
しかし、今日をもって「日本の野球」は死にました。
いや、いわゆる「アメリカのベースボール」とそれを盲信するクズ共に殺されました。
海の向こうで生まれたベースボールがこの国で受容され、長い年月の間に独自の発展を遂げてきた理由とは何か?
それを考えるうえで、9人という限定的な守備位置を守る選手が交互に打席に立つ事で生じるやりとりは重要な要素です。
まるで囲碁や将棋に通ずるような攻守における戦術面でのやりとり。
それが今も昔も変わらない日本人の感覚に合ったからにほかなりません。
中でもプロ野球においては、時として得点の好機で投手に打席が立つ事により生じる両チームのベンチワークのやり取りが野球の大きな魅力であり、私もそれが大好きでした。
「あの場面は投手を続投させるべきだった」
「いや、代打投入で更なる得点を狙うべきだった」
そういう議論が巷のあちこちで毎日のように繰り返された末にやがてはアメリカすら凌駕する国民的競技となったのが野球だったのですが…その日々もこれで終わりを告げます。
なにより指名打者制を導入して久しいパ・リーグと伝統的なスタイルを貫くセ・リーグというレギュレーションの違いが日本のプロ野球の唯一無二の魅力も失われる事ともなります。
リーグの競技レベルの差が開いたから?
国際標準に合わせないといけないから?
何事もアメリカに合わせないと人気が出ないから?
そんな小利口の効いた賢しい考えは極端な功利主義にとらわれた人の心をもたない動物的な加速主義者の論理に過ぎませんし、そんな奴らが我が物顔で振る舞うのを眺めるのは薄汚れた政治のニュースの中だけで十分です。
一昔前に伝説的な助っ人外国人選手として名高いボブ・ホーナーは日本の野球を
「海の向こうに、もう一つのベースボールがあった」と語りましたが…。
しかし、2027年に昔の姿のままで彼が来日してプレーしたなら「海の向こうにはまがい物のベースボールもどきしか無かった」とでも言う事でしょう。
それに対して私たちはこう言って嘆くしか出来ません。
「かつてこの国には野球という素晴らしい競技が存在したのに…」と。