昨シーズンオフにカープを退団していた田中広輔が引退を決意しました。
現役続行への意欲を見せていた中でオファーがない状況でのこの決断は、本人は勿論のこと私たちファンにとって大変残念な事です。
彼の応援歌の歌詞にある「夢見たこの世界」とは言い難い結末にはなってしまいましたが…それでも我々カープファンに最良の時代を見せてくれたその雄姿と栄光は何ら揺るぐことはありません。
大卒社会人野手でドラフト3位入団という微妙な立ち位置に加えて小柄な体格。
何よりも当時は堂林翔太や梵英心とポジションが重なるという事もあって正直、それほど大きな期待を集めた選手とは言い難かった印象がありました。
一方で彼が入団した当時のカープは前年に16年ぶりのAクラスと球団史上初のCS出場を決めた直後で彼と同い年の菊池涼介と丸佳浩が「キクマル」として台頭し始めていた時期。
何とかAクラスにはなったもののそれ以上の成功を得るには戦力的にはまだまだ物足りない試行錯誤を重ねていた時代でもありました。
そこで一年目から一軍に帯同し、三塁手及び遊撃手のスタメンを確保しあっという間に二遊間の世代交代を成し遂げる事となり最後のピースになった存在がこの田中広輔でした。
上記の「キクマル」に彼を加えた「タナキクマル」という攻走守の全てにおいて強烈かつ強固なセンターラインは球団史上のみならず球史に残る精強さを誇り、リーグ3連覇の中核を成すまさに難攻不落の要塞とも呼べるもの。
中でも初の本拠地での開催にもなった2016年のCSで残した.833という天文学的な打率は未来永劫語り継がれる栄光でしょう。
また、この時期不動のリードオフマンを務めた彼の最大の特徴はなんと言ってもその高い出塁率だったかと思います。
高橋慶彦、野村謙二郎などカープ歴代のリードオフマンは良くも悪くも伝統的に早打ち傾向の高い選手が占めていた中での彼の存在感は異質とも呼べるもの。
この高い出塁率が成功率の低さの割に彼が盗塁王を獲得できた原動力にもなりました。
攻走守でいずれも高い次元でこなすうえで高出塁率という武器を携えて2016年~2018年と3年連続で全試合出場を成し遂げた彼の全盛期は我々カープファンにとっても最良の時代でした。
しかし、2019年に不振から連続出場が途絶えたうえでの故障離脱以降、成績は低迷。
攻守でチームの中核を成した彼の低迷と共にチームの成績も降下した事も決して偶然ではありません。
また、近年は代打として要所要所で存在感は見せてくれたうえに昨季は2軍で好成績を残しただけに、なかなか起用の機会に恵まれないままの退団は多くのファンから異論も寄せられました
もっともこれについては彼を起用し続けた事で若手の出場機会が失われた時期もあっただけに何とも言えませんし、大変難しい事です。
かくいう私も多くのファンと同様に入団当初から彼のプレーを見続けた訳ですが…特に印象に残っている場面は2つ。
ポール際の当たりながら3塁内野席から見て、どう考えても文句のつけようのない当たりだったにも関わらず相手監督の抗議でリプレイ検証になるという大変珍しい形でした。
隣に座っていた妙齢のご婦人のファンがリプレイ検証中、終始「入ってるじゃない!」と憤っていたのが印象に残っています。

そして二つ目は9回2死で彼が捕球・送球した打球がファーストミットに吸い込まれた瞬間に25年ぶりの優勝が決まった時。
明らかに緊張の面持ちを隠せず、はっきり言ってあまり打球が飛んできて欲しいようには見えませんでしたが…それでも落ち着いて打球を処理し、私たちに長い夜の夜明けの瞬間を見せてくれました。
もっともカープファンで赤く埋まった東京ドームの3階席にいた私は2死辺りからタオルマフラーに顔を埋めて泣いていたのでその瞬間をしっかりと見たのは実は翌日の事でしたが…
ちなみにあの試合での田中広輔は打撃では無安打だったものの持ち前の選球眼は冴えて3四球。
その姿勢は好投手が相手でも一人一人が何とか繋いで好機を待つという当時のカープの打線の敗れ難さを体現していたと今となっては思えます。
こうして、私たちカープファンに最良の時代を見せてくれたこの名選手が最後は現役続行断念という形でシーズンオフに引退というのは大変残念ではあります。
しかし、最初に書いた通りそんな事で彼が私たちに残してくれた素晴らしい思い出を上書きする事は出来ません。
だからこそ引退発表から3日経った今でも私たちは彼の雄姿を昨日のように容易に思いうかべる事ができるというものです。
願わくば退団の経緯はどうあれ彼の為に球団が今季のオープン戦辺りで何らかのセレモニーを催してくれる事を期待したいと思います。
赤く燃えあがる
夢見たこの世界で
研ぎ澄ませそのセンス
打てよ広輔
その駆け抜けた12年に賞賛と感謝を

