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カープと趣味の日記

「雪暮夜入谷畦道(直侍)」(歌舞伎観劇記)

2017年11月某日

歌舞伎座 吉例顔見世興行「雪暮夜入谷畦道(直侍)」

 

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今月、2回目の歌舞伎座は前回と同じ昼の部での演目です。

同じ昼の部なら前回、行った時に一緒に見れば良いじゃないかと思うかもしれませんが、休日に幕見で連続観劇となると集中力を持続するのが最近、難しくなってきたので…。

今回見るのは「雪暮夜入谷畦道」いわゆる「直侍」、前回見た近松半二による丸本物である「奥州安達原」と異なり河竹黙阿弥による世話物です。

河竹黙阿弥と言えば、「白浪五人男」や「三人吉三」などで知られる怖いけれど魅力あふれる悪党と、あの七五調のセリフ回し。

この「直侍」もそんな黙阿弥の魅力が満載の作品とは聞いていました。

随分前に、元ネタが同じで微妙にストーリーがリンクしている「河内山」は、中村吉右衛門のを見た事がありますが、恥ずかしながら「直侍」は見るのは初めて。

しかも、新しくなってから歌舞伎座で世話物の名手たる尾上菊五郎による「直侍」も実は初めて。

非常に楽しみではありました。

 

チケットを購入すると、時間がかなりあったのでせっかく黙阿弥の作品を今から見るのだからと、「河竹家の石灯籠」が移設されている屋上庭園へ。

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庭園は、平日昼間のせいか人影はまばら。

おまけに日当たりが良くコートを着ているのが暑いくらいでなかなか長閑に過ごせました。

そんな感じですから「五右衛門階段」を見るといつも以上に、周りがオフィス街なのが嘘みたいに感じます。

その「五右衛門階段」を下りて歌舞伎座ギャラリーでは久しぶりに既に鬼籍に入った歴代の名優たちの写真と再会。

思えば、ここに先程の石灯籠が移設された…すなわち歌舞伎座が建て替えられた前後にも多くの名優が世を去ったのが改めて分かります。

石灯籠の解説を書いた河竹登志夫も何年か前に亡くなりました。

イヤホンガイドで何とも言えないタイミングで解説してくれた声が懐かしいですね…。

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さて、ちょっと寄り道しましたが時間が来たので幕見席へ。

今日は平日昼なのでちょっとだけ空席がありました。

興行元には悪いですが、のんびり見るにはこれぐらいがちょうど良いですね。

やはり歌舞伎座幕見は平日に限ります。

 

さて、この「直侍」。

私もあまり知らなかったのですが、主人公である片岡直次郎(尾上菊五郎)もヒロインの三千歳(中村時蔵)も実在の人物なのだそうです。

これは上記の「河内山」と同じで、実在の犯罪者をモデルにしてそこに「実は義賊であった」などの設定を加味されていくというわりと歌舞伎ではよくある人物造形です。

しかし、「河内山」と「直侍」では決定的な違いがあります。

「河内山」の河内山宗俊がズル賢いながらも義に厚く、格上である筈の大名やその家臣たちにも引かない勇気を持つ快男児の話である一方で、「直侍」は自身の犯した罪の為にヒロインと引き裂かれて懊悩する男の悲劇であるという事。

この辺り、やりようによっては救いのない物語になってしまいますが…。

しかし、七五調の小気味よいセリフ回しに大規模な舞台転換や清元などの演出と、時にコミカルで時に色気のある菊五郎もあってそれだけで終わらせなかったように思えます。

罪を犯した事を三千歳に告白して、一緒になる約束をした起請文を返そうとする直次郎。

とても、切ない場面ですが清元やクドキをそこに組み合わせるのは、たんなる悲しいだけの悲恋の物語では終わらせないという事でしょうか。

また、丸本物等と違いこの作品では耐えず登場人物たちが動き回っていて途中で清元節も加わるのですが、それでもしっかりとメインである直次郎と三千歳が見せ場では観客の視線を集めさせている工夫はさすがです。

 

特に面白く感じたのは、「入谷大口家寮の場」での清元に対して、直次郎が「隣の部屋は何をやってるんだい?」という風な感じのちょっとメタなセリフを言う場面。

筋書きによれば、これは「余所事」といって、偶然、隣室で清元節の練習をしているところに直次郎がやってきているという趣向なんだそう。

そう考えると、今舞台を俯瞰している自分も大口屋に偶然やってきた人物になったかのようにも思えてくるわけですからより立体的に作品を味わえてくるというものです。

 

また、この作品の最大の特徴であるのは何と言っても本物の蕎麦を舞台で役者が食する事でしょう。

しかも、他の人物たちが蕎麦を食べる時はモグモグと食べるのに対して直次郎は素早く掻き込んで粋な人物である事を示唆しているという趣向。

まあ、西日本出身の私にはモグモグ食べている方が美味しそうには見えるのですが…。

 

それでもありがちな事を言えば、やはりこの舞台を見た後は無性に蕎麦が食べたくなってきます。

しかし、直次郎が食べたのはたんなるかけ蕎麦(天ぷらは売り切れだったので…)に熱燗。

なかなか上級者向きな組み合わせではありますね。