3回戦(カープ2勝1敗)
勝利投手 阪口1勝
敗戦投手 野村1敗
セーブ投手 三嶋1敗1セーブ
(C)-
(By)神里1号①宮崎1号①
打点
(C)松山①
(By)神里①宮崎①牧①
投手
※数字は自責点
(C)野村②-コルニエル①-中田-大道
(By)阪口-平田-伊勢-山崎①-三嶋
先発、野村は毎回安打を許す投球で2本の本塁打を浴びて4回2失点で降板。
打線は初回の好機を逃すとその後も拙攻を重ねて11残塁を記録。
8回に1点を返し最終回も一打同点まで迫るも接戦を落として連勝が止まる。
野村は初登板から187試合連続先発登板の日本タイ記録を達成。
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「満員でみんな大声出して応援している風景は見たこと無いから見てみたいな」
そんな事を連れの男性に呟いたのは私の前の席に座っていたベイスターズファンの女性でした。
恐らく彼に連れられて横浜スタジアムに来たのは昨年が始めてだったのでしょう。
長い順延の後開幕した昨シーズンは、無観客を経て有観客試合と徐々に感染症対策に伴う規制は緩和されたものの、鳴り物応援は愚か声援を送ることが出来ない状況で、今季もそれが続いています。
今もなお、感染拡大の対策が厳しい状況ですから、個人的には入場規制はともかく声援のない無音のスタジアムという状況に関しては感染予防の観点から当分続きそうな予感がします。
そうなると今後は彼女のように「老若男女が大声あげて他人に声援を送る」という古来よりスポーツには付き物だった風景を聞いたことがあるが見たことがないという人がこれから増えるという事も意味します。
それは、幼少の頃からボロボロの旧市民球場で大の大人のおっさん達が声援と共に汚い野次を飛ばしていた風景になれた私のような者にはやはり大変物悲しい事。
関内駅で買った崎陽軒謹製の「浜スタ応援弁当」の筍の煮物を齧りながらそんな事をふと思った場所は、今年開催予定のオリンピックにおける野球競技開催地の横浜スタジアム。
同時に今年最初の私の公式戦におけるカープ応援の舞台でもあります。
広島と異なり関東地方はコロナ対策の為のイベント規制がやや厳しい影響で今日の試合は動員10000人以内…つまり球場の定数の1/3での開催となりました。
その昔、いわゆる「黒い霧事件」で大きく人気が低迷したパ・リーグの惨状を当時のリーグ広報部長であった伊東一雄(パンチョ伊東)が「我がリーグは(セ・リーグの)1/3リーグだ」と嘆いた逸話を何となく思い出します。
試合の方はチームが連勝中である事以上に、相手チームが開幕から白星なしかつ相手先発が故障した平良拳太郎の代役として登板する事となったプロ入り未勝利の阪口皓亮である事から試合を楽観視したファンも多かったと思えます。
しかし、勝負には相手があるというもの、やはりそこに大きな落とし穴がありました。
先発の野村祐輔は初回にいきなりピンチを迎えたうえに毎回安打を許す投球でしたが与四球は0で走者を複数溜めるという場面もありませんでしたから、彼にしては悪くはない内容だったかと思います。
2本の本塁打を浴びてあっさり失点はしてしまいましたが、うち宮﨑敏郎に打たれた当たりはどちらかといえば打った相手を褒めるしかないような物。
この試合が中継ぎを潤沢に起用できる日曜日の試合でなければその後も6回まで投げて例のごとく「定時退社」になっていた事でしょう。
むしろ、初回の好機をあっさり逃すなど、あまりに打線の反撃が緩慢であった事の方が今日は大きかったでしょう。
元々、序盤の攻撃が拙い傾向にあるチームでしたが、今日は3回表には佐野恵太のとんでもないエラーで好機を得る幸運もあったにも関わらず得点できないなど特に顕著でした。
また加えて移動日前の日曜日の試合とあって潤沢に切り札が使いやすい状況にあって、アレハンドロ・メヒアや大盛穂といった二線級の選手を出して昨日殊勲打の坂倉将吾を無意味に出し惜しみするベンチの起用法も反撃の遅さを助長しました。
不安定かつ説得力のまったくない凡庸な投球でまた一歩二軍落ちへ近づいたロベルト・コルニエル以外のリリーフ陣はしっかりとビハンドを維持して接戦に持ち込めましたが、相手のブルペンがある程度整備された対戦相手ならこのような試合を惜しいなどとは思えないでしょう。
結局のところ、選手、ベンチ双方とも相手を舐め腐った挙げ句、出遅れると誰が相手でもこういう結果になるという事です。
相手チームのヒーローインタビューの最中に抜け出してコンコースを出口に向かって歩くと1/3しか観客がいない事もあって出口は私含めて5人ぐらいしかおらず、まるで田舎の郷土資料館のように本当に静かでした。
今後がどうなるかは私には分かりませんが…願わくばやはり早いうちにこの場所が満員の観客を迎えて欲しいものです。
1/3という事は改修に改修を重ねて魅力的なボールパークとなったこのスタジアムを未だに訪れる事が出来ない人たちが大勢いるという事なのですから。