吹けよ風!打てよアレン!!

カープと趣味の日記

スポーツと平和を愛する全ての人の為に(エディオンピースウイング広島観戦記)

予定では昼前に到着する予定で新幹線のチケットを取ったのですが前日になって我慢できずにまだ暗いうちから出発を早めてしまいました。

おかげで東京から広島まで常に立ち乗り客が存在すると言う混雑した自由席での旅となってしまったのですが、これからのお楽しみを考えると何の苦にもなりません。

何しろ、私はこれから故郷に出来た日本で最新かつ最高のスタジアムで地元のチームを応援しに行くのですから…。

広島駅からは広電に乗って紙屋町へ。

そこから紙屋町地下街「シャレオ」を通って、このルートは旧広島市民球場が存在した時代は数えきれないぐらいに通ったものでしたが、16年経って再び同じ道を通る事が出来た時点で昔の思い出が蘇るようで感慨深い思いがします。

かつてカープの試合終了後に歩いた基町パセーラの地下道から、これまた何度も外野席自由席を確保する為に並んだ広島グリーンアリーナ辺りの通路を横目に歩みを進めるとスタジアムから少し遅れて完成したペドストリアンデッキが現れました。

外観だけなら既に年末年始に帰省した際に間近で見ていたのですが、曇り空の下に建つ威容を見ると改めて圧倒されてしまいます。

15年ほど前にマツダスタジアムが完成した時も入場口への長いスロープを見て、他のいわゆる「昭和の球場」とは違う作りに感動した時を思い出しました。

場内に入ると目に映るのは鮮やかな緑のピッチが眼前に迫る光景に両側に据えられた大型のモニターに長いリボンビジョン

全ての客席が屋根で覆われていながら四隅に空いた空間から風が通り抜けて開放感を感じます。

それは若い頃に深夜放送などで見ておよそ日本では実現しないだろうと当時は思えたイングランドやドイツのサッカー場のような雰囲気そのもの。

座席の間隔もビッグアーチ時代とは考えられないぐらいに広く、コンコースに出てもどこからでもピッチを眺める事が出来るのもまた、日本のサッカー専用スタジアムとしては画期的な事の一つでしょう。

 

かつて似島での第一次世界大戦時のドイツ人捕虜と地元の若者たちとの交流から広島市での本格的なサッカーの普及と、戦後のメキシコオリンピックでの銅メダル獲得までの我が国のサッカー史へと繋がりました。

そして、それから110年…。

遂にこの広島と言う土地もこれほどのスタジアムを建てるに至ったかと感慨深いものがあります。

 

同時にここに至るまで15年以上に渡るサンフレッチェ広島市の一時は不毛な水掛け論の応酬と見えた長い議論と、山奥の不便なスタジアムでサポーターと共に艱難辛苦に耐えた試行錯誤の日々を振り返ると自然と涙が溢れました。

この感激は何ものにも代えがたいものです。

 

遅れてやってきた両親や今季から高校でもサッカーを続ける予定の甥もこのスタジアムの雰囲気には圧倒されたようでした。

特に両親は既に70代と高齢でコロナ禍の影響もあり丸5年に渡ってマツダスタジアムでさえ訪れる機会が無くなっていただけに多少なりとも不安はありましたが…。

広々した座席とコンコースで特に苦も無く初めてとなるJリーグ観戦を楽しめて良い思い出が作れたと言って貰えました。

これは私に限らず家族と共にスタジアムを訪れた誰もが体験出来た事かと思えます。

時折、雹が降って来るほどの不安定な天気と寒さではありましたが、試合は大変熱いものとなりました。

サンフレッチェサガン鳥栖相手に試合開始直後から積極的なプレッシングサッカーを披露して前半18分にこの日Jリーグ通算200試合達成セレモニーを行った塩谷司ミドルシュートで先制すると31分にも川村拓夢がこぼれ球を押し込み追加点。

後半になっても自陣からプレスに耐えかねてなかなか自陣からボールを前に出せない相手チームにショートカウンターをしかけてピエロス・ソティリウのPKで3点目。

最後は中野就斗がダメ押しのヘディングシュートを決めて4対0と終わってみれば圧勝となりました。

4点を取っての勝利と言えば5年ほど前に埼玉スタジアムでの浦和レッズ戦以来ですが、初の新スタジアム観戦でこれほどの試合を見せてくれるとは思いも寄らない事でした。

以前にも書きましたが、サンフレッチェ広島の以前の本拠地は交通アクセスのあまりの劣悪さから観客が2万人を超える事すら極めて希な閑散としたスタジアム。

それがこれほど間近で多くのサポーターの声援を受ける環境に激変するとなるとプレーに返って支障がでてしまうのではといらぬ心配をしたものでしたが…前回のレッズ戦といい余計なお世話だったようで何よりです。

それにしても驚くのはゴール裏の大小さまざまなフラッグが多くたなびく姿とビッグアーチ時代とは比べ物にならない声援の大きさ…そして何よりビジター側シートですら佐賀から駆け付けたであろうサガン鳥栖のサポーター達です。

聞けば前節のその本拠地開幕戦動員が1万人切ってしまい前回ここで試合を行った浦和レッズに比べるとサポーター全体の規模では大きいとは言い難い筈でしたが…それでもこれだけの席を埋めてくれるとは…。

このスタジアムは広島のみならず全国各チームのサポーター達からも期待を寄せられている事を実感しました。

スタジアム外に展示されている高橋陽一氏描きおろしの大空翼のメッセージにある通り、この場所はまさにスポーツでの熱狂と世界平和を希求する全ての人々の為の場所という事です。

素晴らしいスタジアムに素晴らしいチームと試合を楽しんだサポーター達が向かうのは紙屋町経由で本通りに流川や薬研堀、もしくは十日町や横川と様々でしょう。

これだけ試合後の余韻に浸りながら夕食の場所を考えられるのは街中のスタジアムならでの特権です。

旧市民球場があった時代は当たり前だった事がようやく戻って来たと言えます。

この賑わいは球場跡地の利用検討時に前広島市長の言っていた追悼施設やビオトープ式庭園などという妄言では決してなしえない事。

改めて都市の発展にはサンフレッチェ広島というソフトパワーを大いに活かす器は必然だったという事です。

そんな事を思いながら、広島城二の丸から試合後のスタジアムを眺めて帰途に着く夕焼けが迫る空の美しさ…。

これもまた忘れがたい光景として私は生涯忘れる事はないでしょう。