19回戦(カープ6勝13敗)
勝利投手 床田8勝8敗
敗戦投手 大竹6勝2敗
(C)モンテロ6号③
(T)-
打点
(C)末包③モンテロ③小園①前川②
(T)前川①木浪①
投手
※数字は自責点
(C)床田②-ハーン-辻
(T)大竹⑦-ハートウィグ-岩貞-桐敷②
先発床田は3回表に2点を先制されるも中盤以降は立ち直り7回2失点。
打線は3回裏にモンテロの3ランで逆転すると以降も繋がり苦手大竹を攻略。
終盤にもダメ押しの得点を挙げて15安打9得点で2連勝。
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9連戦最後のカード初戦が雨で流れて迎えたこの試合の2日前にカープ初優勝メンバーかつ名打撃コーチとしても知られる水谷実雄氏が逝去されました。
カープが初優勝を決めた1975年10月15日の読売戦。
最後の打者となった柴田勲氏の打球を、左翼を守っていた水谷氏が捕球してグラブを高々と掲げた場面は、直前のゲイル・ホプキンス氏の3ランと並んで球団のみならず故郷の歴史を彩った歴史的瞬間です。
それだけではなく、山本浩二氏、衣笠幸雄氏と並ぶ強打者として名を鳴らし、球団史上初の3年連続3割を記録。
特に首位打者を獲得した1978年の.348は未だ破られない球団記録です。
また、指導者としても実に6つもの球団を渡り歩きそのいずれでも球史に残る名打者を生み出し、特にカープでは2000本安打達成選手を3名も育てて後の「ビッグレッドマシーン」を作り上げた事でも知られる名伯楽でもありました。
そんな水谷氏の訃報後、カープ最初の試合は期せずして、指導者時代に打撃コーチを務めた阪神との対戦となりました。
とはいえ、彼が指導者として活躍した時代とは正反対に貧弱極まりない打者しかいない打線にあって、相手先発は大竹耕太郎。
はっきり言って私がこの試合のチケットを持っていたなら迷わず人に譲るか、金券ショップで売り払っていた事でしょう。
そう思えるぐらいにいつも通りにスローボールでおちょくられた挙句、無様に惨敗するのは目に見えていました。
案の定と言うべきか、3回表に先発の床田寛樹が2失点を喫するとこの時点で試合は終了したも同然ともいうべき展開。
しかし、3回裏にこれまで大竹にまるで子供相手に手加減されてるも同然で全く打てなかった末包昇大が適時打を放つと、エレフリス・モンテロが力任せに振り回したバットにボールが命中するという奇跡が起こり逆転に成功。
その後も嘘のように打線が繋がり、この球場で10試合連続無敗だった7得点で、5回途中で大竹をノックアウトのうえ黒星をつけるという驚くべき結果となりました。
もっとも、この結果を無邪気にはしゃぐにはあまりにもこのチームは大竹に負け過ぎましたし、今季、既にチームもシーズンもボロボロに崩壊した今となっては「今さらそれが何になる?」という感想しか言えません。
そもそも何度も何度も同じ投手に無様に負け続けること自体が論外ですし、1度まぐれで勝ったぐらいで「攻略に成功」なんて言える筈がありません。
まあ、今日に関してはこれまで大竹にはまるでプロ扱いすらされていなかった打線がようやくプロを名乗れた事だけは喜びましょう。
どうせ明日以降はまた打たないのは分かり切っていても…。
先発の床田は中野拓夢、佐藤輝と主軸をスタメンから外した手抜きモードの相手打線に上記の通り四球連発で自滅する形で2失点など散々な序盤。
前回、坂倉将吾だったバッテリーを組む捕手が今回は石原貴規に代わるなどコロコロと変わるベンチの起用や、降雨によるコンデションの悪さも大きかったかと思えます。
しかし、それでも中盤以降は立て直して終わってみれば7回2失点で2ヶ月ぶりの勝利を挙げる事となったのは何よりの事です。
とはいえ、このコンデションかつ3回表には打球を足に受けるなどアクシデントもあり安定していたとは言い難かったこの投手を既に100球を超えていた7回表も続投させたのは明らかな采配ミスでしょう。
そもそもシーズン中盤を過ぎてこの酷暑の野外球場で121球は常軌を逸しています。
上記でも書いた石原の起用なども含めて、勝ったとはいえこんな采配を見せておきながら無邪気にベンチではしゃげる新井監督の神経が私には改めて理解できません。
たぶん、彼は何も考えてないのでしょうが…。